世代も場所も超えて紡がれる。愛情と歌はよく似ている。
※後半ネタバレあり。
ありません一本道です。
感想(概要)
〇徹底的に描れた『家族』というテーマ
「家族とは何か?」という概念レベルまで掘り下げ、ブレることなくテーマが描かれていました。そのクオリティはお見事という他ありません。「暖かさ」と「残酷」さの双方が良く描かれているのも好印象でした。
「家族とは何か?」という概念レベルまで掘り下げ、ブレることなくテーマが描かれていました。そのクオリティはお見事という他ありません。「暖かさ」と「残酷」さの双方が良く描かれているのも好印象でした。
〇限りなくアニメに近いノベルゲーム
見たこともない量のスチル枚数も驚嘆ですが、立ち絵の表現なども非常に凝っており、アニメのように見えるように様々な工夫がなされているのが素晴らしいです。これほど豪華な作品は過去記憶にありません。
見たこともない量のスチル枚数も驚嘆ですが、立ち絵の表現なども非常に凝っており、アニメのように見えるように様々な工夫がなされているのが素晴らしいです。これほど豪華な作品は過去記憶にありません。
〇生命を感じる物語
「生と死」、「食物連鎖」という生命の要素を主テーマである『家族』と絡めるストーリーも読みごたえがあって良かったです。途中まで合わないところはありましたが、締めに関しては申し分なく満足しています。
「生と死」、「食物連鎖」という生命の要素を主テーマである『家族』と絡めるストーリーも読みごたえがあって良かったです。途中まで合わないところはありましたが、締めに関しては申し分なく満足しています。
△ちらつく社会風刺
舞台が現代であり「親になる」ということの描いた作品でもあります。それゆえ嫌でも”少子化”という単語がチラついてしまい、独り身の私には読んでいて耳が痛くなることもありました。
まとめ
彩色豊かで膨大なスチル枚数。演技、演出、物語、音楽のすべてがハイクオリティで調和している贅沢極まりない作品です。なんでこれを2,750円程度で提供できるのか訳が分からないです。
メッセージ性がとても高いのも印象的ですね。生命そのもの『家族』とリンクさせることで、厳しさを惜しげもなく前に出しながらも、その暖かさを感情的に読み手に理解させてくるKazuki先生の筆力は驚嘆に値します。
総じてケチのつけ方が分かりません。間違いなく私がプレイしてきた中でもトップクラスです。出会えて良かったと心から思える作品でした。
※以下はネタバレ有感想です。
感想(ネタバレ有)
■旅立ち前(プロローグ~二章)
後は親子三世代が同じ年に神の国に冒険っていうのは、ニュアンスだけで惹かれるものがありますね。どんな冒険が待ち受けているのか楽しみでした。
■春の国(三章~四章)
同じ見栄っ張りでも他者に繋がる姉姫が王に選ばれるのは自然で、最初の国として分かりやすくて良かったと思います。
この国気に入っているところがありまして、姉姫が次代の王として頑張れる理由に、妹姫への想いも含まれていそうなのが良いんですよね。役割で成立する神々の間柄にも『家族』の繋がりがあるっていう感じがします。
■夏の国(五章~八章)
先代がたねつみに成功し今代がたねつみに失敗した国。この国の根幹にあったのは「妄信」。悪意多めですがそんなに嫌いな話ではありません。
婆さんは「知恵」、乙姫は「力」を妄信するがあまり滅びましたが、自分たちが築いてきたものを否定するのは難しいことです。
最後まで信仰を曲げず生き汚かった婆さんの姿はとても「人」らしいです。ある種好感すら持てます。ただ塩見の娘に関しては別です。彼女のアンフェアな扱いには不満があります。
つぶっていた目を見開いて「勇気」をもって婆さんに進言した彼女の結末はなんですかあれ?こういう報われるべき者が報われない話はどうも苦手です。
■秋の国(九章~十章)
愛されなかったからこそ愛する。自分に誇れる自分になるために愛を与える。秋の国の王の話は短いながらも暖かさに満ちていて良いです。
ですが奥さんについては別です。正直なところ彼女に終始イラついていました。「たねつみの巫女」に薬を盛ろうとしたこの女がなぜ罰せられないのか?塩見の娘と比べてあまりにも不公平だろという気持ちを抑えられませんでした。
まぁ十一章で怒りは収まり終章で納得すらするんですけどね。今にして思えばライターの掌で踊らされてたんだなぁと苦笑します。
■冬の国(十一章~十四章)
<原始の神>

ヒルコのカミングアウトには驚かされましたが「ごっこ遊び」という言葉を聞いて、夏、秋で感じた怒りの感情が落ち着きました。余興でしかない世界に平等性を求めても意味がない。報われるということが平等にないなと。
それでも違和感はありました。「嘘の家族」であることを告げ、神らしくみすずに試練を課しているのにも関わらず、ヒルコはその優しさを隠しきれてないんですもの。ワザとなのかどうか不明ですが、悪役の似合わない神様ですね。
<親という化け物>
自らの命すら顧みずに怒りの感情を燃料に変え、我が子を奪還しようとするその姿は紛うことなき「化け物」。対子取りクジラ戦の激情は真に迫るものを感じました。いやはや良いものを見せてもらいましたよ。
<子という加害者>
苦痛と恐怖を動力源として山を登るなど尋常ではありません。他ならぬ我が子がそれほどに頑張っているのに、親である自分が伏していることなどできる筈がないでしょう。
だからこそ限界を超えみすずは諦めることなく頂に立てた。親に100%を超えた力を出させてしまう誇るべき「加害者」。それが子という存在なのかもしれませんね。
<たねつみ>
思えばこの試練そのものがヒルコの慈悲だったのかもしれませんね。みすずとツムギの獅子奮迅の働きを知らなければ、限界を超えられず病魔によって16歳で彼女の歩みは終わっていたのですから。
とはいえ陽子がヒルコの願いを叶えられ、冬の国の「たねつみ」が成ったのも、陽子が親から受け取った愛をヒルコに与えられたからです。そしてそのトリガーが他ならぬ自分の娘であるみすずでした。
「たねつみ」とは親から受け継いだ『愛情』を我が子へ紡ぐ継承の儀式。新たに蒔くのではなく既にあるもの受け渡す。だからこそ「たねまき」ではなく「たねつみ」ということなのでしょうね。
■終章
本作から感じた「親子」について、主演三人の名前を借りて語らせていただきます。
<陽子⇒みすず>
人はとても弱い生き物であり一人ではとても非力なものです。ですが我が子のためなら化け物にすらなれる。そんな力を与えてくれる我が子に親が出来る最大の愛情表現が「感謝」なのです。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
この言葉が無声というのは実にニクイ演出です。確かにこれを聞くのは「娘」であるみすずだけでいい。なぜならこれは娘にだけに当てられた言葉なのですから。
<みすず⇒ツムギ>
善き親とはなんだろうか?という問いに対してひとつの解答を得られた気がします。この世界へと生まれたことを「肯定」すること。これは絶対解と言っても過言ではないでしょう。
「はじめまして、ツムギ」
この肯定は親が子へと結ぶ最初の誓約。「あなたを愛する」という無条件の約束。そしてこの言葉は我々も聞く権利がある。なぜならこれは世界に自慢すべき宣誓なのですから。
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