×セーブ数が全然足りていない
冗談抜きに3倍は要ります。さくレットの時点で相当数要望があったと思うのですが、いつになったら改修してくれるんでしょうか。
冗談抜きに3倍は要ります。さくレットの時点で相当数要望があったと思うのですが、いつになったら改修してくれるんでしょうか。
×次の選択肢までスキップがない
これがないため”通常スキップ”で差分回収して回る必要があります。今の時代にユーザーにやらせていいことじゃないです。
これがないため”通常スキップ”で差分回収して回る必要があります。今の時代にユーザーにやらせていいことじゃないです。
攻略順
選択肢によりヒロインは選べますが、展開は1本道で誰を選んでも変わりません。なので好きなヒロインを選ぶといいです。
感想(概要)
〇知ることの大切さを語るシナリオ
既知と未知、それぞれが内包する希望と絶望について表現したうえで、尚も知ることの大切さを語るシナリオからはこのメッセージ性を強く感じます。私はそういった熱量を感じる話が大好きです。
既知と未知、それぞれが内包する希望と絶望について表現したうえで、尚も知ることの大切さを語るシナリオからはこのメッセージ性を強く感じます。私はそういった熱量を感じる話が大好きです。
〇認識の死角をついてくる仕掛け
ライターが冬茜トム氏ということなので、シナリオの仕掛けも期待していましたが、無事4回ほど大きく驚かされました。大満足です。特にメインの仕掛けは引っかからない光景が思いつかないです。
ライターが冬茜トム氏ということなので、シナリオの仕掛けも期待していましたが、無事4回ほど大きく驚かされました。大満足です。特にメインの仕掛けは引っかからない光景が思いつかないです。
×戦闘描写の拙さ
テキストと絵がかみ合ってないからイメージができない、その上展開がワンパターンなので、戦闘描写で興奮できず残念でした。細かな差分変化があるだけで大分違うと思いますので、今後があるなら全体を通して見直してほしいです。あと単純に絵に圧がない。
テキストと絵がかみ合ってないからイメージができない、その上展開がワンパターンなので、戦闘描写で興奮できず残念でした。細かな差分変化があるだけで大分違うと思いますので、今後があるなら全体を通して見直してほしいです。あと単純に絵に圧がない。
×エッチシーンがある理由がない
エッチシーンは本編に一つもありません。個別エピソードで避けられています。というか本作は友情の話なので、そういった要素は消してもよかった気はします。営利的には難しいかもしれませんが、だったら無理なく組み込んでほしいです。
エッチシーンは本編に一つもありません。個別エピソードで避けられています。というか本作は友情の話なので、そういった要素は消してもよかった気はします。営利的には難しいかもしれませんが、だったら無理なく組み込んでほしいです。
まとめ
上であげた欠点が無視できないマイナスな上、分かりやすいとはお世辞にも言えません。ですが「次世代に繋ぐ」、「知ることの大切さ」について、これ程かというメッセージ性を持つ本作は、それを補って余りあるプラスがあります。
加点法で考えるか減点法で考えるかで物凄く差が出るとは思いますが、私の場合大分加点よりで考えています。まぁ好きになっちゃたものはしょうがないですね。
ただメーカーとしては、ユーザーを意識して作品を出してほしいです。何の進歩もないシステムと、粗雑なエッチシーンの扱いは、どうかと思います。
※致命的なネタバレを多く含みます。後、仕掛けに気づけたかどうか勝手に勝負してます。
感想(ネタバレ有)
■CHAPTER-Ⅰ~Ⅲ

思った以上にゴリゴリのファンタジー世界だったのと、開始直後の「超越の羇旅」の胡散臭さから、最初は作中仮想世界じゃないかと疑っていました。ちなみにこの考えはCHAPTER-Ⅹまで尾を引いています。初手から術中に嵌ってます。
最序盤で印象に残っているのは、CHAPTER-Ⅱでメアが「大事なのは」「知ること」を語るところですね。個人的にも「争いは不理解により生じる」と思っているぐらいなので、水が合うなぁと感じたのを覚えています。まさか作品の根幹に関わるものだとは思いもしませんでしたが…
まぁでも一番好きなのはサファイアの発動シーンです。使命よりも在り方が美しいと感じた少女を優先するとか最高に決まってるんですよ。
そして一つこの時点で決めたことがあります。アリアンナの意志。その真価を測ることです。私はそこに焦点を絞ってこの作品をプレイしていたと言っても過言ではありません。
■CHAPTER-Ⅳ~Ⅶ
前2章はベルカが際立った章でした。彼女の朽ちることなきアレキサンドライトの自負が、クラス・ペガサスの始点なのは疑いようがありません。静寂の中で無心に剣を振るう彼女にはそれだけの存在感がありました。リスタートの話として良く纏まっていると思います。
ただメアの裏切りこそあれ、CHAPTER-Ⅵから始まる戦闘描写面白くないんですよね。基本的には苦戦からの新要素のワンパターンですので。主人公が豆鉄砲撃ってるだけとか結構フラストレーションが溜まります。まぁこの弱さが今後生きるんですけど。
戦闘以外では好きなところ結構あるんですよね。孤高と奉仕、相反する意志が故に互いの在り方に惹かれ合うヴェオとノア。挫折と無力を知り成長し始めるマークス。今後大きく芽吹くその種が蒔かれています。
■CHAPTER-Ⅷ
いままでの反動もあり凄い面白い章でした。単体での完成度ならどの章よりも上だと思います。メアの半生の凄まじさには驚きを禁じえず、特にアシュリーペッカーの意味を知ったときは、思わず絶句したほどです。
トパーズは凄まじい意志です。ゲゼルマンの言うように、全てを知れば未知の恐怖は無くなるなど、そう実行はできるものではないです。未知を尽く制覇することは即ち全知、神と呼ばれる領域へのチャレンジですらあります。
ただ、知ってしまった恐怖を容易に拭い去れるほど人は強くできていません。さらにその恐怖を認めることを弱さだとすら思います。誰だって自分の弱点を認めたくないです。だからこそ怖いことを怖いと認め、自分に向き合うことはそれ自体が勇気ある行動です。
彩変したアクアマリンは友人を信じ未知に希望を見出す意志。個として”叡智”で戦うことを捨て、友人と共に”英知”で戦うことを選んだ意志。メアの心境変化の演出としてこれ以上はないでしょう。文句のつけようがありません。お見事です。
■CHAPTER-Ⅸ
この章でリビア公国に旅立つ3人は作中屈指の強力な意志を持つ3人だと私は思っています。”空を飛ぶ”、”どこにでも行ける”、”あらゆるものを癒す”はいずれも人類の夢と呼べる意志といえます。
これらを負の感情よりベクトルが小さくなりがちな、正の感情にて獲得している彼女らの在り方は美徳とすら感じていたので、この時点では彼女らに対して“善”としての安心感すら覚えていました。
■CHAPTER-Ⅹ
この世界は吸血鬼に支配されており、ソーマ・ジェイスは人間である[1敗]
全部反転した。吸血シーンを見たときの衝撃は今でも忘れられない。あれほど絶対善だと思っていたアリアンナに対して“怖い”という感情を抱かされた。
少数者の恐怖、多数者の無知をプレイヤーに感じさせるこの手法は、本当に逸脱だと思っています。挑戦状も出てましたし多分これがメインの仕掛けですね。
この後荒れ狂うソーマとは完全にシンクロしていました。少数捕食対象が多数捕食者い抱く意志など「頼むから死んでくれ」に決まっています。ソーマのご機嫌取りのような反芻も気に食わなかったんですけど、いつ殺されてもおかしく無い状況なら、寧ろ自然な態度なんですよね。凄い。
必然的にルビイの態度も腑に落ちます。捕食者に「どうしてこんな酷いことするの?」とか聞かれたらそりゃブチ切れます。そしてそれを頭ではどうしようもないことと理解している彼女は、本当に聡い子です。悲しいくらいに…
捕食される恐怖、同族を蹂躙された憤怒、生理現象の超克という不可能。この断崖絶壁の溝を知りそれでも手を取り合う未来を選べたのは、それだけルビイにとってソーマの存在が大きいんでしょうね。鋼玉を持つ者どうし深いところで繋がっているのを感じます。
■CHAPTER-Ⅺ

ノアの死に関しては種族間融和の難しさを語る意味もあったとは思いますが、それは彼女が死ぬ理由としてはどうにも違う気がしました。思うにサミット前夜でヴェオが語った「もう少し手前に目を向けろ」の意図があったように感じます。
“自分を好きでいてくれる人のために、先ず自分を大切にする” これは当たり前の考えだと思っています。ただノア・フォン・レオンシュタインという少女にとっては慮外のことでしょう。彼女の意志は決して自分を含みません。
あの夜彼女が恐れたのは次世代の構想が伝わらないことだけです。「畢竟他者との関係は初期値からして地を割るマイナス」これを理解したからこそ、死角があることを承知でよく顔が見える場所を選んだのです。伝えることに最善最良を尽くすため。
それが彼女の意志(エゴ)。死により好いてくれる人を悲しませてしまった罪であり、次世代を生きる全ての人のために礎となった誇るべきライオンハートです。
■CHAPTER-Ⅻ~FINAL
ノアの死を発端に始まるマークスとヴェオの”男の会話”は結構好きなんですよね。マークスの「何故妹ほどの傑人が死ななければならない!」、ヴェオの「どの面下げて謝ればいいんだ!」という両者の慟哭は理解できますし、殴りあうしかないというのも頷けます。
ただマークスの彩変だけは意味が分からないんですよね…特に二種意志が使えるところが受け入れられない。二つと無いからこそ宝石化するものだと思ってますので、ここは遊色の方がよかったです。
それにしてもお兄様と気になる人に殺し合いをさせるなんて、いけない子だなぁノアちゃん。
マスター=キャロライナ・マクラクラン[2敗]
完全に予想外。というか正体を考えてすらいなかった。世界で最も辛い「死神」の名前を冠するキャロライナ・リーパーを名前に使うとか物騒だなとは思ってたんですけどね…BAD選択肢といい気づける余地は十分にありました。お見事。
意志も銀弾無限生成とかカッコ良すぎるんですよね。悪の味方とかいう思考停止にも程がある英雄像を謳う奴にムカついてたので、スカッとしました。
ヴィクター・レイの意志はアレキサンドライトソード[3敗]
これも考えてすらいなかったのにすごく腑に落ちる。その後のベルカ覚醒は多分本作で一番好きなシーン。究極まで研ぎ澄ませた意志は本能である吸血衝動すら超克する。次世代のモデルであるクラス・ペガサスの一つの成果だと思います。“至高の紫光”って表現もいい。好き。
χ=ギメル[4敗]
セシリアとχには次世代のモデルとしての役割があると思っていたんですよね。人を捕食者として見ない、血の味を知って尚それを堪えられる共存可能なモデルとして。まさかそれが既に通った道だとは思いもしませんでした。
強いに決まってますね。唯一人への愛に殉ずる者が弱いはずがない。だからこそ負けるのも必定なんですよね。セシリア・グランルージュがギメル・ロードベインの幸せより、種の滅亡を願うなどあり得ないのですから。
とはいえ遺志として残ったものを疑えるはずがないので、そこも踏まえて彼らもまた他の生命と同じくエウリュアレの被害者ですね。
だからエウリュアレ戦が必要なのは分かります。原罪を歪めた賢者の石とセシリアの遺志を歪めたエウリュアレの清算は、次世代に繋ぐために必要な禊です。ただ演出が拙すぎて後付け&超展開にしか見えない。蛇足に感じる人がいるのも当然です。(悪趣味な牙くらい描けよ…)
ただ、アリアンナに焦点を当てて考えると筋を通せなくもないかなとは思いました。
考察
■アリアンナ・ハートベル
最初に言っておきますが天照らす全能の翼<<ダイヤモンドアンドロメダ>>は、天翔ける希望の羽根<<ダイヤモンドホープ>>の上位ではありません。「意志の種別に上下は無い」とシャーロット先生は言っていましたが、これは同種間にも言えることです。
この差異について語りたいところですが、その前に本作における闘争の条件について語る必要があります。ノヴァサミットでのノアのスピーチとソーマの独白がそれを示唆しています。
「僕らは争う。でもそれは、相手が理解できないから争うんじゃない。どうして憎まれているかもわかった上で、相容れない気持ちを消せないから、争う。」CHAPTER-Ⅺ -ノアのスピーチ- ソーマ・ジェイス
ご覧の通り“闘争対象”は同じ生き物、意志の衝突でしか闘争には発展しません。ネットでよく聞く言葉に言い直すなら「争いは同じレベル(次元)の者同士でしか発生しない」です。
意志
石化を超越したアリアンナの意志に対するマスターの評価を聞いたとき、随分おかしなことを言うなと感じたの覚えています。
“空を飛びたい”という意志が宝石になる時点で”次元”が違うとしか思えません。これに比べれば他の意志は全て理解の範囲内です。
ですがこれがアリアンナという存在に対する一つの解答だと思います。彼女にとって人は”闘争対象外”です。意志の次元が違っているので闘争に発展できない。闘いに意味を見出せないのです。
そういう意味では、エフェメラルエメラルドでの自己評価である”人外”は的を射ています。“種のための機械”ではなく”個が別次元”という凄まじき差はありますが。
なので彼女はエウリュアレの封印まで、頭での“理解”だけで闘っていました。ですがご存じの通り、心での“実感”とは天と地の差があるものです。だからこそ彼女は役目というものに終始拘っています。
個人的な感想ですが、希望の羽根であればエウリュアレを許すことも可能だとは思います。ですが結果として彼女は全能の翼でエウリュアレを滅することを選んでいます。これこそが彼女の闘争です。
幾万年に及ぶ対話の最中に会いに来てくれたソーマの言葉で始めて彼女は”実感”したのです。友達と一緒にいたいという自分の意志(エゴ)を。この瞬間初めて”人に成った”のです。
なぜならヒト種:妖魔と闘争するため、同じヒトになる必要があるのですから。そのために、ヒト種:神という一つの”限界”へと次元を堕としました。
友人
希望の羽という無限の力で使命を遂行していればより良い次世代の礎になれたかもしれません。ですがそれではダメなのです。何故なら友人とは隣に在るもの、”自分を好きでいてくれる友人”のために、他ならぬ自分が隣にいない訳にはいかないのですから。
そして彼女はエウリュアレをも理解しています。相容れない気持ちを消せないから滅する方法を選んだだけです。その証拠として一番簡単であろう意志の剥奪をしていません。全能がそれをできない道理はありません。理解しているからこそ真正面から闘争をしたのです。
彼女は最後の最後にようやく己を知りえたのです。
アリアンナの意志。その真価を測る[1勝4敗]
本音を言えば彼女には最後まで”争いをなくす”理想を謳っていて欲しかったです。理想の果てが全能程度な訳がないので、そこに堕ちて欲しくなかったですが、まぁ仕方ありません期待し過ぎました。
■カーラ・S・クィンバーン
闇閉す開闢の闘閃<<エリアゲート>>は多分本作の友情の解答である、「隣にいられること」を実現する意志なんだとは思います。
その他にも、なぜか幻想世界に巻き込まれているので、有機的特異点-クラス・ペガサスの構築とエフェメラルエメラルドの「鶏が先か、卵が先か」の解答を持ってるんだろうなとか、ゲート・オブ・オランジュは拡大解釈すれば時間超越できてもおかしくないよなとか、色々思いはします。
ただ作中で示唆されてない以上どこまでいっても蛇の足です。というか破壊されたエンディング自体、儚き夢寂の夢幻夢想<<エフェメラルエメラルド>>(アリアンナとケイトの遊色)の可能性がありますので、時間超越してないんじゃないかなと思ってます。
まぁこれ以上の詮索は詮無きことですね。
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